この世には無限であるもの以外は求めない者がいる。彼らは、空の青いのを見て、この素晴らしさがあるかぎり充分だと嘆息し、原子の組成の精緻なことを発見して宇宙の神秘を悟ったと自得する。彼らは彼方の星の瞬きに、また原子の運動に没頭するあまり、地上の美や桎梏に対して無関心になる。彼方此方の驚異を観照するのあまり恍惚として、地上の人事の豊かさと嘆きを忘れ、人間は想像力のゆえに他人の飢渇や病や貧困や、他人との恩愛に、あるいはその桎梏に心を悩ますということを理解しない。彼らのケチのつけようのない哲学的精神は、平穏な、しかも恐ろしい、しかも無慈悲に独り満足する退廃した精神である。人が苦悩に満ちた抱擁から得られるものを最も必要としていることを、温かく有限なものを、その苦悩と体温のゆえに崇高なものを、彼らは知らないし、考えもしないで見過ごす。ただ無辺際なものに対峙してさえいれば、彼らは微笑む。じつに無限なるものだけを事とする壮大な利己主義者であり、人間の愛と悲しみに対する平然たる傍観者である。
 輝いたる暗黒な人びと! 彼らは自ら哀れむべき者の一員であるとは夢にも思わない。しかし、彼らはまさしく哀れむべき者の一人なのである。無限なもののうちには広大な不完全さも存在する。涙を流さなければ、その不完全さは見えない。

 惰性的な苦行の状態というものがある。そのとき、魂は麻痺して中性となり、世事のすべてに無関心になり、天然の災害にさえ無関心になり、何ごとにも人間らしい感銘を受けることがなく、楽しみも苦しみもなくなる。つまり、人間やものごとの匂いや色彩を少しも感じることができなくなり、悪臭も芳香も明暗も感じなくなるのだ。愛する者を失ったときが恐らくその極北であり、私はその感覚を『鯉人』という作品に結晶させた。

 エイゼンシュタインの『イワン雷帝』は詩精神で歴史を扱っている。これは歴史を扱う最もよい方法にちがいない。ごく最近の事件でさえひどく歪められていることを考えると、単なる羅列的な歴史は歪曲の堆積であろうと疑ってよい。それに反して、詩的解釈というものはかえって全体的な把握感を与える。要するに、なまじ史書などというものよりも、芸術作品のほうがはるかに多くの確かな真実を伝えるのである。

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―竹内銃一郎(劇作家)―

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