小さな集団の中で私は、老兵ですから、とよく口に出すようになった。これは明らかに僭称であり、それはまた、相手の期待に沿いかけてやって、老いの厚顔を曝して幻滅を与えまいとするデリカシーから出る抑言だ。この言葉を発するのに私は少しも逡巡しない。実際私のからだは老いているのであり、幻ではない事実に基づいて人が好きなように私を扱うことには、もうとっくのむかしから慣れている。
 しかし、いまなお「社会(世間)は厳しい」という言葉を口にしたことはない。その言葉はなんら実体のないもので、そもそも、まだ私は私の人生行路の外側にある《社会(体制)》という面識のない権威的大集団に発見された経験を持たず、自分の力量をその集団の目に曝してもいないのに、どうして《社会》が私に厳しく当たることができるだろう、と考えるからだ。私の気にかかるのは、まだそういう面識ない人々で構成される《社会》に船出していないのに「社会の波風は厳しい」と宣言することの心苦しさよりも、おそらく人びとの言う《社会》とは道端の個人のことにすぎず、大であれ小であれ、《社会》という漠然とした遠くの集団は存在しないかもしれないということへの疑問である。道端の人びとは厳しくない。やさしく寄り添う。とすれば、《社会》の厳しさとやらも、私にとっては幻ということになる。
 人びとが考えるよりも、私の心境ははるかに複雑である。

 猛烈であり専心である理想家ほど実行において恐ろしいものはない。理想はその方法を科学のうちに有する論理の頂点であり、その様式を芸術のうちに有する美の頂点である。繊巧を事としてはならず、ただ崇高を事としなければならない。その遂行には終始一貫性が求められる。したがって大衆は理想家よりも為政家を好む。

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1  笑い疲れているが、あしたも笑うであろうということ。
     ・・・・・・・・・・
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―竹内銃一郎(劇作家)―

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