• 2009.12.27 Sunday
 官僚的な人間は、麗々しく趨勢の鎧を着る。キリストを断罪したピラトも、ソクラテスの死刑を要求したアニュトスも、赤穂浪士を切腹の庭上に追いやった荻生徂徠も、みな自分を正当と信じ、同意によって得た権力を身によろい、自己を擁護する義務があると信じている既成社会を代表していた。  彼らは社会をいまよりもさらに向上させるという美味しい口実のもとに、彼らが墨守したいと願う社会を転覆せんと謀る革新派の首を刎ねるとき、腕利きの検事と同じくらい論理的だった。

 受験番号で指示された教室に足を踏み入れるやいなや、三十四歳の私は、大きな窓から射しこむ明るい陽ざしを浴びながら、戸口という戸口、廊下という廊下に賑やかにさざめいている快活な若者たちの群れの中で、自分の個性がたちまち消えてゆくのを感じた。それなのに、自分もこの国家的巨人である大学の受験者集団の一員なのだと意識する気持ちは、ひどく快いものだった。周囲の学生たちの一部では、なぜか、親しげな軽口や微笑が振り撒かれていた。彼らは親しい友人同士なのか? それとも、こんな特殊な状況の下で親しくなったとでもいうのだろうか? いずれにしても、これらすべての人びとの中に、私の見知った顔があろうはずはなかった。私は彼らを繋ぎ合わせている結びつきをいたるところに感じ、その結びつきが私をよけて通るのを淋しく感じ、そして自分をひどく孤独な、他人と親しくなる能力のない人間のように感じた。
 教育制度が作った偉大にして壮麗な機構の、最も活動的な歯車の一つ―東京大学に合格してのち、初めてのフランス語の授業に私は出席した。高名な教授が入ってきて、学生たちはザワザワと居ずまいを正し、謹んで沈黙した。忘れもしないが、私はその教授が何の深刻な意味も持たない留学談を自己紹介の枕にして講義を始めたことに驚かされた。それは人格を忍ばせる温かい体験談ですらなかった。
 講義はその調子で得体の知れない知識と自慢げな貴種流離譚に終始し、最後にあり得ない難度の宿題が課された。それはフランス語をすでに五年六年学んだ人にして、初めて作成できる解釈と作文のコケ脅し的要求だった。私が歳長けて向学心に目覚め、大学の再入学を目指した理由の幹が、この瞬間、根こそぎへし折られたのだった。私は、東京大学の講義というものは最初から最後まで手順を踏んだ、一語たりとも削ることもつけ加えることもできないくらい厳密で聡明なものであると思っていた。しかし、かくもおざなりな講義内容では、どんな教授の話すこともノートに取る価値などなく、記憶するのも愚かであるにちがいなかった。
 六月に中退届の草を書いた。それを机に保管しながら、私は退学の時機を窺いながら、週に二日ぐらいの割合で大学に通った。学友と付き合う際、私は集団の後方に退き、話に加わらないで、もっぱら彼らの話柄に耳を傾ける側に回った。彼らの話すことはすべて信じられないほど幼く、軽薄で、悪意と愚かさに満ちていて、バカバカしいものに思われた。彼らはみな、世間の流行にまつわることか、仲間の悪口か、例の教授と寸部も変わらない貴種流離譚をしゃべっていた。芸術や書物の話はだれもしなかった。映画や音楽や演劇の話すらしなかった。もしそんなときに、彼らの話すことと、自分が旧来の友を相手に話してきたこととを比較してみようという考えがもし頭に浮かんだとしたら、さらに無益で、バカバカしい気持ちになっただろう。
 以来、私がときおり授業に顔を出すのは、馬鹿だと見切った者たちの中から、酒のゴーダッチの相手を捜すことが目的になった。そういった連中のなかには、私の人生歴を珍しがる物好きがけっこういたので、酒場で過ごす時間が楽しいということもしばしばあった。私はキャンパスに満ちている雑踏や、話し声や、笑い声自体は嫌いでなかったし、気まぐれに入った教室の後ろの席に坐って、教授の退屈な声の響きを聞きながら、学生たちを観察したり、自分の書きたい文学のことを考えたりするのも好きだった。
 そうしているうちに冬が過ぎ、すでに学期末試験の時間割が張り出されるころになって、登録しているいくつかの科目のどれ一つとしてノートも取っていなければ、準備もしていないことを思い出した。中には一度も講義を聴いたことのないものさえあった。不思議なことに、どうやって試験に臨もうかというわかりきった疑問は、まったく私の頭に浮かばなかった。しかし、ほぼ一年を通じてずっと私は、自分がオトナであることを楽しむところから生じるモヤにすっかり包まれていたため、試験をどうやって切り抜けようかなどという不安が頭に浮かんでも、愚かな学友たちと自分を比較して、あの連中は好奇心の薄いなまくらなコドモなので、彼らに対して自分は長所を余計に持っているわけだから、試験にパスしないわけがないと思っていた。
 その甘い期待は、概ね裏切られなかった。試験に出された課題は何一つ意味がわからなかったので、私はどの科目にも課題と関係のない『東京大学不要論』を書いて提出した。半月後、交付された成績表の七つか八つの科目のすべてに、A、BあるいはCの評価がついていた。おそらくある種の危機感から、各科の教授連は合格の判を捺したにちがいなかった。予想したとおり、あの教授のフランス語だけは不可であった。―この大学を卒業することは容易であり、またその事実に比例した価値しかない。
その日、私はついに大学を去ることを決意した。この悪しきプライドと愚かさに満ちた大学には、学問も、知性も、情緒もない。もう他人に道を問うことをやめ、自分の机に創造を求めながら、悪意もなく愚かでもない人たちのあいだで生きていけば、私は人生に留まれるだろう、そう思ったからだった。

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