善良な人びとは、他人に笑われることを恐れ、自信のない自らの生きる目的(現状維持)をはっきり言うのが恥ずかしいので、真の目的とは関係のないところで、進歩をてらった争いをする。争いに勝とうと負けようと、現状は常に変化するので、彼らの目的が達成されることは永遠にない。

 ネッカチーフを巻いた男が丸太の上に片足をかけ、女に向かってギターをかき鳴らしながら甘く囁くように歌い、彼らの頭上に黄色い月がかかっているような、牧歌的で軟弱な映画が私は嫌いだった。そういう映画はたいてい、二本立ての裏映画だった。主人公はどこからか、日本の名も知れぬ炭鉱町や牧場にカウボーイハットをかぶって馬で(!)ふらりと現れ、地元のヤクザ者たちに向かってやたらに拳銃をぶっぱなした。その振る舞いのことごとくが、美しくない彼に似合わなかった。不意に現れた彼の職種も、過去も、一切知れなかった。彼がやってきた町で築き上げる人間関係も大雑把過ぎて、よく理解できなかった。
 私は、徹頭徹尾現代風なハードボイルドを下地にしたアクション映画を好んだ。そこでは美しい石原裕次郎が主人公だった。プロットは裏映画とちがって緻密な構成で、主人公は荒唐無稽な馬などには乗らず、車やヨットを冴えた運転技術で乗り回し、身にまとった職種もその服装のようにさまざまで、よほどのことがないかぎり女に向かって唄など歌わず(キャバレーや山小屋ではときどき歌ったが)、自分の過去の罪や不遇に関して人間臭く心を痛めた。
 人間臭いがゆえに、彼はひっきりなしに悪漢どもに誘い出されたり、弱い者に救いを求められたりした。それに応えるべく敵地に乗りこむと、余儀なくめくら滅法な殴り合いの修羅場が展開し、恐れを知らない彼に追いつめられた悪漢たちは、キャバレーの店内や、街並や、工事中のビルの内部を逃げまどった。柱の陰から飛び出してくる敵、こぶしの一撃が顎を捉える痛快な音、下腹部へのキック、猛烈なタックル、がらがらと崩れる調度類や照明器具、舞い上がる埃、危険を避けるためのタイミングのいい宙返り、地面に叩き伏せられ押さえつけられながらも必死で拳銃を拾おうとする悪漢の手。相撲取りでさえ入院する破目になるだろうと思われるほどさんざん痛めつけられたあとで、どうにか難を逃れた彼のステンレス色の頬には、おやと思うほどの打ち傷しかついていなかった。そうして、無論、弱い者はついに救出されるのだった。
 裏映画が始まると、退屈が押し寄せてくる。我慢してそれを観る。華のない俳優たちの科白や立ち居や歌声が気だるくて、ついつい眠ってしまう。退屈の果てに、ふたたび表映画の上映ブザーが鳴ると、暗くなっていく座席に深々と座り直し、もう一度ストーリーを暗記するつもりで画面に眼を凝らす。すでに知っている結末への道筋を確かめ、細かい人間関係を把握し直し、裕次郎のハスキーな声と脚の長さに感嘆し、物語の有終の美を、ときには悲しい理不尽を見納めると、あらためて抱き合わせの裏映画と対照して彼の美しさを確認し、銀幕をあとにするのだった。
 横浜、保土ヶ谷日活! 何度その映画館への道を歩いたことだろう。永遠の想い人、石原裕次郎に出逢ったその映画館のスクリーンに、私の幼い情緒のすべてが注ぎこまれた。彼に出逢うまでの私の人生は、ほとんど無に等しかった。石原裕次郎! と私は呼びかける。私の頬は顫え、全身に粟が立つ。

 私生活と公的生活との見境もないような振る舞いをあえておこなう種類の人間にあって、闘争欲がいかに彼の腐敗堕落をきたすものか、描き示している学術書に出会ったためしはない。

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