• 2010.05.27 Thursday
 破天荒という人間的現象は、それも経験に基づいた教養と才能があることの一部なのだと知る人は少ない。私は授業では、息をするみたいにどんどん、楽々と学生相手に蜃気楼をでっち上げる人間である。幼いころからそういう言辞を弄する舌を、経験と多才の混合物から練り上げられたものと思われてきた。自分でも十代後半から、そろりそろりとその確信を深めていった。
 しかし、あるとき、一人の権威主義的学生が、私の戸口に一枚の紙を貼り付けた。それには短く、でっかい文字が書かれていた―『大嘘つき』。正確に言うと、拡大コピーした国語辞典の『大嘘つき』の部分に、大きく赤丸が囲んであった。陰湿な手口だった。彼が『大嘘』と断じた内容は、
「評論家は芸術家のふんどしで相撲を取っているくせに、ふんどしを借りたことに対する感謝がなく、しかも貸主の芸術家よりも威張っている」
 というものだった。私は自分の見解があながち的を外していると思わなかったので、その学生(評論家志望であると後日耳にした)に対決を迫ったが、逃げ回る彼を当局が保護した。「我慢してください」と諭された。早稲田予備校の股肱(ここう)の人となって十五年ほど経ったころだった。私は深く傷ついた。あれから六年経つが、その傷はいまなお癒えない。
 なぜ私は傷ついたか。
 【権威主義者というものがこの世に多数存在して、非権威者の動向に目を光らせており、彼は一般の中に常に見られる若干の明達の士や、俊敏な人びとの跳梁跋扈を許さない】
と悟ったからだった。巷の卓越した人びとに世間的な権威が付与されていないかぎり、権威主義者は明達の士の切れ味を怪しみ、胡散臭いホラか嘘か、ひどいときは盗作のたぐいとみなす。つまり、権威主義者にとってそんな巷の明敏な人間など、風に吹かれて道端に溜まる『ゴミ』にすぎない。ゴミ人間に残されているのは、我慢のみなのである。ゴミは意見を言ってはならず、俊敏を誇示してはならず、静かに片隅に吹き溜まっていなければならない。この認識は私を深く沈潜させた。
 さて、それから私はどうなったか。
 傷口のかさぶたがいつまでも剥がれることのないことをスッパリとあきらめ、ホラと嘘をつきつづけようと達観したのである。数年の沈潜は私を窮屈にするばかりだった。そこで私はその間、『鯉人』を書くことに没頭した。それは徹底して資料的事実を無視して書かれた。私は教室で縮こまっている分、創作の中で跳梁跋扈した。無視の最たるものは、天和のころ綱吉が武家法度十五ヶ条で大名旗本が遊里に入るのを禁じたことや、家宣が将軍宣下をすると同時に綱吉の近臣を残らず罷免したことなどである。でたらめにでたらめを重ねた。その意とするところは、あとがきに詳しく書いた。要するに、自由に大嘘をつきたかったのである。幸いなことに、私は文学界においてもまったくの無名であり、もちろん権威者ではない。教室や巷とちがって、文学界では非権威者のホラや嘘など歯牙にもかけない。万一権威者となったとしても、芸術の名のもとに、監視の目はひどく穏やかなのである。しかも、ゴミ的人間でないかぎり、芸術家の冠を戴くのは至難であるという、何やら胡散臭い仕組みが後押ししてくれる。
 ところで私は、教室や巷でホラや嘘をついたか―身に覚えがないのである。確かに口説はうまい。舌が滑りすぎることはある。しかし、嘘やホラはつかない。小心なので、つけない。私はまちがった指摘をされたのではないか? 私は中傷されたのではないか? どうもその疑惑が消えないかぎり、私の中から権威主義者に対する本源的な恐怖が消えないのである。

 いかに文明開化の世がやって来ようというときでも、人のこころなぞというものは愛憎のおもいから一歩もぬけ出すことができるものじゃあございません。愛憎のおもいというものがわいてこぬ人は、もう人間じゃあない。そう考えますねえ。よろこびも憎しみも、そして悲しみも、みんな上の空というやつ。こういう人間は、どうも私どもにはぴったりとまいりません。
―池波正太郎『その男』

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