こんなふうに叱られる人しか世に出られないことを、私は長い人生で知った。

「きみには才能があるが、それを台無しにするようではだめだよ。きみはどうも忍耐力が乏しいから、何か一つのことに心を惹かれるか、気に入るかすると、それにばかり夢中になって、ほかのことはまるでくだらないとばかりに、いっさい見向きもしなくなる。けっして人気取りにはならないことだよ。どうもいまからきみは、破格な筆致がひどく目立つ気味があり、構想も厳密でなく、どうかするとまったく力が抜けて、描写にもごまかしがある。なんでもパッと人目を惹くところばかり狙って、俗受けのしそうな言葉のいろどりに憂き身をやつしているようだが、うっかりすると、すっかりエセ前衛に堕してしまうよ。気をつけたまえ。きみはそろそろ世間体が気になりだしたと見えて、ちょいちょいしゃれた服装をしたり、けばけばしい髪型をしたり、髭を生やしたりしているようだが……。その誘惑の伝で、なるほど金を目当てに請負業者好みの精神病ものやSFものや冒険譚をつい書きたくなるかもしれないが、そんなことをすれば才能は滅びこそすれ、伸びはしない。辛抱が肝心だよ。どんな仕事でも、念には念を入れてやることだ。洒落っ気なんか打っちゃってしまいたまえ。他人が金を儲けるなら儲けさせておくさ。なにもきみの分までなくなるわけじゃないからね」

 かく叱られる人物は、その立派な助言をみごとに拒否してわれを打ち通し、堂々と世に出る。私は一度もそんなふうに叱られたことがない。矯められる以前におそらく私は理想の芸術家であり、叱られる種がなかったからだろう。つまり、才能がないということだ。才能のない者は、いつの世も後援されることはない。

 

しばらく麻雀を打っていない。嫌いなゲームだからではない。流行の推移もあってか、とんと麻雀打ちにめぐり合わず、勝負相手がいないのである。この四、五年、何人かの人と「打とう」と約束した予定も、すべてお流れとなった。相手の不思議な都合のせいである。

卓についた瞬間のあの高揚を思い浮かべる。ゲームが始まると、それまでの日々虚ろだった気分がたちまちうそのように消えていく。どうして長くこの罪のない楽しみから遠ざかっていたのだろうと、後悔にも似たものを覚える。

勝負の運不運などというが、それはむしろ何かより深遠な摂理の現われではあるまいか。摂理に気づくのは冷静な見者(けんじゃ)であって、当の勝負者がそれに気づくことはなく、ただ摂理などないと信じる気組みを持ちながら、運不運を否定する渦中にいる。

寺田康男は中三のときに、大人たちと麻雀を打っていた。鬼気迫るあの背中が忘れられない。私が麻雀を打つようになったのは、それから三年も経った高三の夏である。そして打ちながら思い浮かべるのは、決まって寺田康男の凛とした背中だった。運不運を否定するあの背中だった。

JUGEMテーマ:読書
 

おそらくはあと何十年かは、このままの状態でこの世にとどまらなければならない、その時間を利用して、こうやって生きてきた事情について簡略な覚え書を作っておこう、と決意した。十六歳のときである。感情をひたす的確な言葉があふれ出てきた。幼かった日々の記憶からはじめ、十六歳に至るまでの自分の人生のあらましを、ほどよく克明に書いていった。数十年、夢中になってペンを走らせた。

決意から四十年のあまりが過ぎた。私の覚え書はいまも十六年間を記すのみである。なぜあんなことを決意したのだろう。いつかだれかの目に留まることを期待してか、それともただ自分の考えをまとめて心の安らぎを得るためか。いまとなっては所詮どうでもいいことだ。


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―竹内銃一郎(劇作家)―

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