進歩愛好者

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   現代は、一世紀前よりもさらに、機械と電気のしるしのもとにある。群れなす電気便利品が、孤独な科学的天才のマントの下から世の中へ続々とあふれ出てくる。こういう未曾有の状況は、進歩好きな大勢の人びとの希望を刺激しつづける。

なかでも科学礼賛思想に与(くみ)する人びとは、連綿と快哉の叫びを上げつづけて、リアルタイム肯定の明るい結論を引き出し、足の速い異形(いぎょう)の馬に意気揚々と跨る。彼らはその好奇心の賜物である手綱さばきも見事に、人ごみの中へ乗り入れて鼻を高くする。瞑想を邪魔された物静かな人間たちは、馬上の天才ぶった人びとの滑稽な姿を冷笑する。

しかし、進歩愛好者は多数派に支えられる。少数派の哲学者の思惑など危惧するに足りない。とはいえ、時代の趨勢を喜ぶ多数派の中にも、浮薄な変化をぼんやり嘲(わら)う者はいる。彼らから革新に対する揶揄を取り除かなければならない。進歩主義者を彼らの蔑視から護る距離は、わずか一歩である。その一歩は、馬の背に華麗に身を預け、横腹に技巧の鞭をあてて、さらに速度を二倍にすれば簡単に乗り越えられる。一部の懐疑主義者に欠けているのは驚愕だけなので、そのためにも変化は激烈でなければならない。激越でありさえすれば、賞讃の嘆息こそあっても、異形に対する冷笑はない。いや、異形と感じる暇さえない。コケは脅されれば、かならず瞬時に従う。

科学的天才たちはすぐれた机上の原理を開拓してきた。それはまぎれもない独創的思索が生んだ空想の種子であったのに、その種子を貪欲な進歩主義者に奪われ、現実の畑に植えられ、彼らの手で収穫されてしまった。天才たちはおそらく、自ら開発した架空の利便性に現実味を加え、いつの日か最大限に活用して人びとの幸福度を高めたいという見果てぬ夢は見ていたにちがいない。なるほどその実現が恐ろしく早まったことに彼らは腹を立てるわけにはいかないだろうが、皮肉なことに、空想の種子が現実の畑で繁殖力の強い毒草として繁茂して花粉を撒き散らし、逆に哲学的人間の空想まで冒して、社会全体の情緒的神経系を麻痺させてしまったことを悲しまないわけにもいかないだろう。

密室で夢見る卓越した才能と、室外への効果とのあいだのこのような不均衡、つまり、天才の個人的発想に対する平凡な群集の不当な復讐それは喜劇と呼ぶにふさわしい。大衆を取り込んだ進歩愛好家たちの浮かれ騒ぎの中で、悲しきロマンチスト、すなわち天才の殉教者たちは忘れられていく。多数の凡夫の喫緊(きっきん)の幸福が過大視される社会において、一科学的天才のこうむる精神的被害など、忘恩の彼らのあずかり知らないことである。

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