「夏に名古屋のパチンコ屋でホール回りのバイトをしてたとき、守随くんに遇った。ぼんやりパチンコしてた。すさんだ雰囲気だった。鬼頭倫子から彼が高校を中退したって聞いてたから、どう応対しようかしばらく迷ったけど、思い切って声をかけた。守随くんは表情を変えなかった。ぼくの顔がすっかり変わってしまったから、わからなかったんだろうと思う。守随くんはちっとも変わらないのに」

「川田くんの言いたいこと、わかる。その人が、顔が変わるほどの人生を送ってこなかったということでしょ」

「悪い意味じゃなくて、安らかな人生だったんだろうなって思った。秀才から転落しようと、高校を中退しようと、悲しみが顔を変えるほどの革命的な人生じゃなかったんだなって。それでも、なつかしかったんだろうね、ぼくを自分の家に連れてって、両親に会わせたんだ。親子のカスガイみたいなことやらされて困った」

「カスガイって?」

「関係回復の接着剤。守随くんは高校を中退したあと、結局、東京のバネ会社に就職したんだけど、両親がそのことをひどく残念がってね。自慢の息子が高校を中退して、小さな会社に就職したことがたまらなかったんだね。お父さんはぼくに頭を下げて、大学検定の資格をとるよう息子を説得してくれって頼んだ。こんなに大きくなった人間を、まだ小さな鋳型に嵌めたがってるんだ。でも、その頼み方には鬼気迫るものがあったから、仕方なく、頼まれたとおりに守随くんに言ったら、じゃそうする、ってケロリとした顔で言うんだ。驚いた。見るからに嘘だってわかるのに、お父さんお母さんは、畳に手をついてぼくに感謝して泣くんだよ。神さま仏さまとまで言ってね。守随くんはいまからすぐ東京の会社に辞表を出してくるって言うし、お父さんはそうしろと言う。これで息子は再生できるって、舞い上がってるんだよ。いたたまれなかった。一家の行く末が見えたからね。名古屋駅のホームまで彼を見送りにいった。彼は、東京のストリップ小屋に好きな女がいるから、会社を辞めてそこへいってアタックするって言った。大検なんかとるつもりはないってね。ぼくは応援するようなことを言った。守随くんがやっと自分の気持ちのままに生きはじめたと思ったから」

「ふうん、勉強しか取り柄のなかった人の落ち着き先が、ストリップ小屋かあ。寒くなるほどロマンチックだけど、ただの秀才の挫折ね」

「最初は挫折と思わなかった。その逆で、守随くんは挫折から立ち直れたんだと思った。へんな言い方だけど、秀才であることがもともと挫折だったんだよ。だから彼は生き返ったんだって思った。自分の心のままに、好きなように生きはじめたわけだから。同じ大秀才だった鬼頭倫子とはぜんぜんちがう、そう思った」

「でも、そうじゃなかった?」

「うん……。九月に新宿で守随くんと約束して会ったけど、なんだかおかしい、ただの腑抜けにしか見えなかった。会社はちゃんと辞めてたけど、そのあと彼はストリップ小屋にもいかなかったし、女にもアタックしなかった。好きなように生きてなかったわけだ。ストリップ小屋も、好きな女も、きっと作り話なんだと思う。ああやって一風変わった身の上話を作り出しては、不本意な自分の人生を飾ってたんだね。破天荒を気取っていても、もともとその種の人間じゃない。パチプロになりたいなんて言ってたけど、ギャンブルの世界がそんな甘いものじゃないことはだれだってわかる。……もう二度と彼には会わない」

「……あの顔に合ってる。人は顔のとおりにしか生きられないのね」

 

 

 

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