青森高校の寮にいたある一日、むしゃくしゃして、なんだかいまこの瞬間から生きていくのが面倒くさくなった。戸が勢いよく開いた。

「ああさっぱりした。ひと勉強終わったよ。休憩!」

振り向くと、山口がギターを提げて立っている。

「お、ストーブ買ったのか。俺も出さなくちゃ」

私は険しい表情で罵った。

「ここはきみの休憩所じゃないぞ。休憩なら自分の部屋でしろ」

山口は目を大きく見開いて、その場に立ち尽くした。彼が顔でもゆがめれば、私は言いわけをしたかもしれない。しかし山口は、悟りすましたようにこう言ったのだ。

「……そうだな、おまえの言うとおりだ。芸術家は、思索するのに忙しいからな。悪かった。もう、おまえのじゃまをしないようにするよ」

山口はひどく穏やか声で言ったが、私は彼の心の痛みをじゅうぶん感じることができた。山口は私を見つめた。視線が私を貫いた。それは怒りもなく、静かで、とても精神的だった。

 ―ひどいことを言ってしまった!

山口はしばらく私の言葉を待っていた。友が癇癪を起こした秘密を洩らすのを待っていた。しかし、生きていくのが面倒くさくなったなどと語り出せるはずがなかった。私は机に座った姿勢のまま、ストーブの火に目を移した。

「じゃな」

そう言って戸を閉めようとする山口に、

「ごめんね。悪気はなかったんだ」

山口はたちまち相好を崩した。事情を説明する切実な言葉が浮かんできたけれども、口に出すことはできなかった。

「気にしなくていい。何かを言ったりやったりしたら、それで一巻の終わりなんてことはないんだ。……悩みがあるんだろ? 聞かないよ。聞かされたって処置に困るだけだ。気分がよくなったら、ギターでも聴きにこい」

彼はスリッパを鳴らして去った。私はいちどきに疲れ、椅子から崩れ落ちるように畳の上に横たわった。

 

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―竹内銃一郎(劇作家)―

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