彼に才能があるのかどうか人は知らないし、そんなことは話題にもならない。彼の作品を読んだこともないし、読みたいとも思わないからだ。また彼自身にしても、自分の才能に対する理解は極小である。とど、書く精力がある以上そんなことはどうでもいいことだし、突き詰めた才能の定義すら彼は知らない。長年不可思議な精力のもとに彼が書いてきた小説のテーマは『愛と友情』のみであり、どう頑張ってもそれしかモチーフを抱けないようだ。これまた一般に感興が薄い。
 同じような作家連中はこれまで数かぎりなく存在してきたし、いまの世にも潜在的にいるはずなので、世に恵まれない不平を訴える動機がだれにも増して彼だけにあるとは思えない。たぶん捜せば、彼と似たような悲運を嘆いている芸術家は幾人かいるだろう。実際のところ、彼は悲運を嘆いた経験は数えるほどしかなく、ほとんどの時間、本能に強いられてひたすら作品を書いてきたにすぎない。しかし、その姿勢が真摯であればあるほど、あらゆる揶揄、あらゆる意地悪が彼をめがけて飛びかかってきたという事実は否定できない。それは彼が世に恵まれないということをだれよりも悩んでいると(それは大いなる誤解であるけれども)、彼の人物に触れる人びとが嗅ぎ取るからである。彼らの基本的な考えは、「人は名望を求めて真摯になる」というものだ。
 これはたしかに、むかしから典型とされてきた『埋もれた天才』の滑稽な映像にぴったりと嵌まる。それを本人までが思いこんでいるフシがある、と彼らは鼻を利かせる。とすれば、これ以上おいしい揶揄の種はない。見るかぎりでは、彼は孤独な机の暗闇から照明の中に歩み出る努力をしている気配はまったくなく、何かあきらめ意気消沈してさえいるようだ。つまり、彼が喜ばしい転機をつかむかもしれない希望は一切ないので、実に安心で、からかい甲斐があるというわけだ。
 彼は、自分がそんな滑稽な人間ではないということを、周囲の人間に説明しようと思うことはかつて何度もあったが、どういうわけか照明のない舞台での説得は『負け犬の遠吠え』と取る人間が多いと直観で知っていたので、あえてそれをしなかった。埋もれた天才か、勘違いの鈍才か知らないけれども、彼の欲望は自分の資質をただすことにではなく、唯一の関心事である人間的な小説を書くことにしか向けられることがなく、おまけに書く時間ももうわずかしか残されていないと焦っている。書きもしないで悪ふざけを仕掛ける人間にかまっている暇はないのである。
 ――こんな書き出しで、自分を材料にした一つの喜劇を書いてみようと思ったが、関心がつづきそうになかったので、止めた。私は、気取ったサタイア(諷刺詩)よりも、エレジー(哀歌)に関心がある。

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Comment
管理人さんへ

いつもコメントありがとうございます。

最近の週言(ご馳走)もそうですが、今回もまさに「あれあ」の文章です。先生の文章(特に「あれあ」)は短いものほど実は私には難解です。短い言葉を記す際に先生は一般の私では入り込めない奇怪で神秘的な感情に浸り、それを克明に記しているという漠然とした感想があります。それが私の憧れです。
【常に感情に身を焦がしてあれ。】だったでしょうか。私はこれが不足しているがゆえに、逆に先生の小説の主人公達(あるいは先生本人)に憧れる。

『光輝あまねき』の青春模様に思わず仲間入りしたい気持ちになる先生の描く世界。
私は早稲田に不合格、大学にも行っていないので、あのような人間模様に飛び込んでみたい気分。

映画は先生や管理人さんほどは詳しくありませんが、
時折、黒澤などの一昔前の映画を観て、その時代の雰囲気や人情味溢れる会話、俳優達の真剣な演技を観て、現今のように殺伐で非情でない時代に愛着を感じます。

淀屋も絶対期待を裏切らない先生の魂が創作した主人公に仕上がっていると期待しています。
(きっと、『夜を渉る』のように主人公が川田氏の想像による創造になるのでしょう。)
常に応援してます。
ノーベル賞とってもらいたい!
(私が審査員なら個人的趣味として「牛巻坂」か「五百野」を選考します。笑)
  • ノートン
  • 2008/11/02 00:16
ノートンさん

 先生の作品に対する励まし、誠実な言葉、本当にありがとう。先生の作品を読みこんでるな、と感じます。コメントは先生に必ず渡していますが、ノートンさんのような読者がいると思うと、書く力が出てくるというような事を仰っていました。私もノートンさんも奇しくも仙台人で、不思議な繋がりを感じます。
 今回の週言「機械」も、素晴らしい、すばらしい。
いやー、すごい。の一言。ノートンさんにとっても超ごちそうだったのではないでしょうか。
 淀屋出版まで、もう少し。楽しみですね。応援HPでも微力ながら、特集ページを設けたいと、日夜考えています。最近、古い日本映画に凝っていて、大河内傳次郎の1924年のトーキーのフィルムが、発見され、修正されたというので、京橋へ見に行って思ったのですが、絶世の美男子、若き日の生き生きとした大河内の姿をみて、人間の儚さというものを感じ、また、義理人情にあふれた温かい映画(「忠治日記」)でしたが、一部紛失されていたりして、映像、というものの心もとなさと感じました。それに比べて、文章というものは、紙に書いてあるだけですから、何百年たっても完璧なまま、鑑賞できる。そして時を隔てて鑑賞する芸術は、何十年、何百年先の人たちの心を震わす、純粋なものであったり、昔生きた人間の脳みその襞を感じさせるような、複雑なものであってほしいと、心から思いました。先生の作品は、そういう作品だと、私はいつも思っています。ノートンさんも一緒に応援してね。
  • 管理者
  • 2008/10/26 20:05
彼の書く小説を嫌いだという連中は、彼の小説を読んでも、小説という虚構によって成立する『現実』に対して漠然と恐れをなしている。少なくとも、文章力やテーマに関する己の見解は二の次で、本能的に彼の書く人間達に恐れをなしている。そこに飛び込むことが彼らの恐怖である。それは畢竟、著者自身への漠然とした恐れでもある。
従って、彼の小説に対峙する上記のような読者は、
既に出来あい価値観、名望といったものを著者自身も含んでいるだろうという確信の元に皮肉る。
裏を返せば、彼らがその「名望を求めて真摯になる」というものを持っているか、あるいは名望や社会的評価そのものに価値を置いているので、そのような枠組みを歯牙にもかけていないという著者の態度が気に入らない。
それは彼の記した小説の中にある人間に語らしているのだが、そういう人間模様に憧れる私達は読み、そういう人間模様を嫌う彼らは避ける。
彼以前に、彼の真摯な読者は、彼が自分の書物が売れないことを嘆こうが、世間の流行小説に関して侮蔑を投げようが、彼自身が名望や書物による利益などほとんど歯牙にもかけておらず、嘆きの底にあるものは言葉で理解できるような単純なものではなく、読者すらも想像できない根深い世界に浸りきっているので、彼が書こうとする諷刺は彼の真摯な読者が既に知り尽くしている認識でしかなく、恐らくそんな諷刺のご馳走をだされても、読者はきっと意外に思うだろう。
彼が小説に書いている人間達に愛着を覚え、またその嘘を現実と信じきっている者(私)は、嘘を書く力量もなければ、自己に不足した愛や友情などの理想世界を求めて彷徨っているので、その貧弱な自分と相対的に対峙する彼と彼の内的な真実であるはずの小説をご馳走と思い、それどころか<彼への憧れ>(当然地位ではなく、人間性として!)を糧にしているからには、哀歌が欲しいのです。
彼の哀歌には強烈な魂を持った主人公がいる。その主人公全てが彼自身であったわけではないと知りつつも、彼自身だと思い込んでいるからには(いや彼自身だろう!)、彼の魂の弦のふるえを持たないがゆえに、それを持ちたいと自分に願うか、他人にそうであってほしいと願うからには・・・なおさらです。
  • ノートン
  • 2008/10/20 14:09





   
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