乖離

 去る者は闇のほうへ向き、くる者は光明のほうへ向いている。それは老いた者にとっては宿命であり、若い者にとっては意識下の天然である。そこに乖離が生じて、最初は感じがたいほどのものだが、やがて木の枝が分かれるようにしだいに大きくなる。枝は幹についたまま遠ざかってゆく。それは枝の罪ではない。青春は喜びのあるほうへ、にぎわいのほうへ、強い光のほうへ、愛のほうへ、進んでゆく。老いは終焉のほうへ進んでゆく。両者は互いに姿を見失いはしないが、もはや抱擁はしなくなる。
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