机の灯の下に、赤頭巾ちゃん気をつけてを開く。どこかで読んだことがあるような、若者口調のとりとめのない文章。これがいわゆるポップ文学というやつか。処々に風俗知識や学術知識を散らしてあるので、読むのにひどく苦労する。かなりの密度で思想的なスケベ心が瞥見される。要するに、全共闘運動を知性破壊の象徴として批判したいようだ。スケベ心の粉飾として設定した、素っ頓狂でわがままな女の友人の存在と、みずからの性欲の明るい描写が不要に思われる。柴田翔や大江健三郎のようにスケベ心を徹底させればいいのだ。そうすれば、心ある人間にはくだらない本として処理される。

 この作品に、モンテクリスト伯やジャン・バルジャンのような針の振れた個性人が登場しないのは、そんな個性を創造できないこともあるだろうけど、作者に知性人の内輪話を書くだけの能力しかないからだ。どんな思想の激しい流行も、流れを堰き止めるような強烈な個性人の前にはくだらないたわごとになる。

 いずれにせよ、血統書つきの東大受験生の日常など描写するに値しないので、思想らしきもの、と言うか、大勢をうなずかせる流行のイデオロギーとセンチメントが必要だったということだ。選者を代表して三島由紀夫が才気とウイットに富んだものとしてこの作品を選んだ。五月何日かの三島と全共闘とのくだらない問答を考えると、彼は快哉を叫びながらこれを選んだものと考えられる。

 いったい何が青春の苦悩だろう。東大全共闘とか、知性否定とか、やさしさを求めてとか、私には信じられないほどの世界の狭さだ。冷厳な知性を維持しながらやさしを求めてもだれも救えないという意味で、知性尊重こそやさしさの極北にある。だいたいやさしい知性という連語は成立しないだろう。私もかつて、やさしさは理知だ、という衒った連語をノートに書きつけたことがある。まちがっていた。やさしさは無私であって、理知ではない。いまははっきりとわかる。

 カナリア色のコートを着た少女が主人公を振り向いて、気をつけて、と言う。その少女がやさしい知性の象徴で、彼女のように自分も強さとやさしさを持って生きていくと決意する段になっては、もはや意味不明だ。表題の謎解きをする努力が水の泡になった。作者の言う知性は、最終部分でもっともらしいものにすり替えられてしまったけれども、語り始めの意識は、受験勉強から連綿とつづく最高学府での学問知識のことにあったはずだ。政治学、経済学、社会学などという知識は人間の情緒と無関係の酷薄なものだ―そこにあったはずだ。

 知性とやさしさは乖離させなければならない。知性などかなぐり捨てて、永久に人間情緒の綾に翻弄されて生きてこそ人間だ。神を内側に置いた頓馬なピュリタンにとって、苦悩は宿命なのだ。宿命を苦悩する術はない。そんなものケロリと忘れて、夢のような平安の中に暮らせばよい。それが知性に永遠にタッチすることのないやさしい人間の在り方だ。立派な一生も愚かな一生もさして変わりがない。人は日々の苦痛の中で、悔いを残さないように努力し、それなりに収穫があればそれでいい。煎じ詰めれば、生まれて生きて死ぬという愛嬌のない自然の摂理に蹂躙されるしかないのだ。

 

古書が並ぶ本棚

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