私は現実の人や事象を、現実に囲繞された人や事象として見ない。現実に目を閉じ、永劫不変の観念境に飛翔しようとする。私の視野には、記憶された理想世界だけがある。もし私が現実のために性格を変えてしまったとしたら、そういう私はもう私ではない。私はどこまでも理想を考える。私は現実の相をもって観念上の理想を喚び起こす媒介とする。
 私の現実認識があまりにみすぼらしいのを気の毒がり、もう少しうわべを整えるよう諷する者があるが、私は耳にもかけない。だれしも現実が見えないことは不幸だと思うだろうが、私は理想にこだわることによって不幸という感情を味わった経験がない。むしろ反対に、この世がパラダイスにでもなったように思われ、理想とただ二人で生きながら彩り鮮やかな極彩色の世界に住んでいるような心地がする。
 それというのも、現実を考慮しなくなると、それに拘泥していたときに見えなかったいろいろのものが見えてくるからだ。人の心の美しさもしみじみと見えてきたのは、理想を思うようになってからだ。現実認識に齷齪していたときにこれほどまでに幸福感を得られなかったのはなぜだろうと不思議に思われる。
 人は記憶の中の理想世界を失わないかぎり、傍らに現実に存在しない人を夢に見ることができる。それどころか、現実の中で生きている現実の人まで夢のような理想の中に見ることができる。現実にそばにいたとき(あるいはいるとき)とはまったくちがった像を作りあげ、いよいよ鮮やかにその姿を見ることができる。醜を美に回帰させることができる。
 すなわち、人や事象を芸術作品として描けば、それらは現実に存在しない作中物と同様なものと看做しつづけることができるが、逆に私のほうから現実に生きているものに働きかければ、それが何か疑わしい捉えどころのないものと考えざるを得なくなり、そのためにかえってそれらが何か超現実的なものとなる。私はその超現実感を享受し、また同時に、いったいなぜいまそれらが私にそう見えるのかを理解しようとする。私は注意深くそれを見つめる。生まれて初めてそれらを見るように、創造されたばかりのように新鮮なそれらを見つめる。すると、私の感覚の最も皮相な知覚ではそれらは現に存在すると感じはするが、しかしそのために、決して真の現実感を覚えさせないものに還元されてしまう。
 なるほどこれら一連の作業が、世間の言う現実認識の貴重さの所以とされているようだが、注意深く見さえすればという条件を附すなら、記憶された理想世界に生きる人や事象も、同様に、きわめて細部まで、現実のそれらにも増して一層はっきりと見えてくるのである。それ自体が目に映ってくるように、つまり、眺めたり観察したりしないでも、目に入ってくるように見えてくるのである。しかも私の理想の形で。私はこの第二次的な現実に対して、かくも生きいきとした、はっきりとした外形に一つの魂を入れる価値のある作品的な現実に対して、人や事象の真の在りようを現実的なものに見せる無意識の力のようなものを、それこそ貴重で強勇な力を認めたのである。

Related Entry
Comment





   
この記事のトラックバックURL : http://shuugen.kawatabungaku.com/trackback/866001

Calendar

S M T W T F S
    123
45678910
11121314151617
18192021222324
25262728293031
<< August 2019 >>

Archive

Recommend

あれあ寂たえ―夜の神話
あれあ寂たえ―夜の神話 (JUGEMレビュー »)
川田 拓矢
 筆者18歳から書き溜めた随想集の集大成。
 本の題名である「Alea Jacta est」は、ラテン語を日本語にモジったもので、「ああ、よくここまで生きてきたものだ」の意味。
  エピグラフは、旧約聖書の「伝道の書」。
   『すべてのことは人をうみ疲れさせる
   人はこれを言いつくすことができない』

1  笑い疲れているが、あしたも笑うであろうということ。
     ・・・・・・・・・・
  山師にまごうかたなき挙措を、あしたも耳朶を戦かせながら繰り返すであろうということ。
  きょうと同じように、あしたもこの世の摂理に殺されつづけるであろうということ

Recommend

風と喧噪
風と喧噪 (JUGEMレビュー »)
川田 拓矢
本体価格:1,800円
『もっとさびしい唄が聴きたい。 聞こえる、聞こえる 窓のむこう 耳を濡らして、夢醒めた夜に。』p.206抜粋
「牛巻坂」の続編とも言える作品。主人公・純一はどうして死を選んだのか。

Recommend

牛巻坂
牛巻坂 (JUGEMレビュー »)
川田 拓矢
価格:1,890円 国内配送料無料
愛―このありふれた歓びと苦脳に翻弄される少年の魂。繊細かつ豊饒な筆致で描き出す凛烈な抒情。

Recommend

鯉人―淀屋辰五郎想い書
鯉人―淀屋辰五郎想い書 (JUGEMレビュー »)
川田 拓矢
価格(税込): 3,150円
元禄一代男淀屋辰五郎―その凄絶なる滅び。天下の台所大坂に君臨した御用商人「淀鯉」の盛衰絵巻を異才川田拓矢が鮮烈に描き切った入神の傑作。

Recommend

全き詩集
全き詩集 (JUGEMレビュー »)
川田 拓矢
本体価格:1,456円 
川田拓矢の詩は滑らない。
世界の中心に向かって最短距離を疾走する彼の言葉達は無謀なヘッドスライディングを必要としないのである。
―竹内銃一郎(劇作家)―

Mobile

qrcode

Selected Entry

Comment

Link

Profile

Search

Other

Powered

無料ブログ作成サービス JUGEM