ジャーナリストたちが、学者たちが、ときには芸術家たちまでが、政治に対して抗議の言説や文書を突きつけるのを見る。内外の世界が混沌としているいま、机上のそんな言葉がその混沌を沈静する何らかの効果がありでもするかのように。芸術家や学者が、たとえきわめて優れた有名な人であるにせよ、政治のことに関して何か言うべきことを持ってでもいるかのように。それはおそらく最悪のことだ。政治の現場に立って毎日命を賭けている人なら、みな憤激し、そのときどきに怒り憎む十分な権利を持てばよい。だが机の人の場合は、政治を書斎に持ちこみ、人びとの間に憎悪を培い、それを激しく掻き立てるような愚行をやめるべきだ。悪いものをいっそう悪くし、醜いことや悲しむべきことを増大させるのが、彼らの任務であるはずがない。それらすべての発言は、思考の欠陥に、心の安易さに基づいている。
 思慮の浅いジャーナリストや学者や芸術家にとっては、人間の精神界に存在しない価値の薄い抽象的なもののほうが、精神界に存在して価値の濃いものよりも、言葉で表現するのに容易であり、表現の責任も伴わないかもしれないが、人間の精神に対して謙虚で良心的なジャーナリストや学者や芸術家にとっては、まさにその反対である。すなわち、あらゆる人事・精神現象の物理的存在は証明することができないし、言葉に定着して真実めかせることが困難だけれども、謙虚で良心的な彼らがそれを厳とした存在物として取り扱うことで、生き生きとした普遍的な精神の衣装に織り上げることができる。そういう衣装ほど言葉で織り上げにくいものはないが、また、そういう衣装ほど言葉の繊維を密にして人びとに精神の暖をとらせる必要のあるものもない。それは人間文化の超国民的な衣装だからだ。内外のポリティックスに対する喜びより、人間に対する喜びを慈しむ衣装だからだ。机から去らないことを机の人びとが決意したとき、彼らは世界に属したのである。
 自分の内奥の生命力を信じない者や、その生命力を欠いている者は、金や権力といった、過大評価された、千倍にも見積もられた代用物で補充しなければならない。自己の内面的な法則や心を自主的に身にまとう人びとのあいだでは、世界はもっと豊かに高く栄える。そういう人びとの世界では、政治家を煩わせるような諸問題は(そのほとんどが他人の持ち物を欲しがることからもたらされる問題だが)もはや問題ではない。彼らが心を用いるのはもっとほかのことである。草の茎のような深く絶妙な自己成長、すなわち金や権力を貪るのとはちがった利己主義である。そのために多くの人が悩まし合い、殺し合う金や権力といったものは、彼らにとってほとんど価値がない。彼らはたった一つのものだけを尊重する。彼らに生きよと命じ、彼らの成長を助ける、自分自身の中の神秘的な力である。この力は、金や権力によっては獲得されることも、高められることも、深められることもない。

 わが家での会合の疲労が激しい。私たちの集まり(付き合いが二十年以上になる友人や学生)そのものは、むかしから気難しいものではないし、しかも人間的に本音を吐露しあう真剣なものである。そしてみんなそれを当たり前と思っているのだが、新参の人たちが必ず気難しいものにさせてしまう。むろん新参の人たちに悪気はないし、こちらを気難しくさせるつもりもない。そのことは見ていてわかる。ただ旧来の友人や学生とちがう点は、古くから馴染みの人びとは互いの人格と生活の形態を知悉しており、例を挙げれば、互いの恋愛事情に詳しく、挫折に詳しく、才能に詳しいというごときである。
 悪気のない新分子は私を人間好きの(金八先生のごとき)予備校講師としか捉えておらず、一日の大半を机に向かってものを書いているなどとは夢にも思っていないし、またそのことを伝えても、ピンとこないようである。拙著さえ読んでもらえれば、あらゆる疑問が氷解するはずだと思うけれどもなかなか読んでいただけない(理由は追及したくない)。したがって、我が家でゲームなどをして数日を楽しめれば、あるいは和気藹々たる自己主張じみた漫談の掛け合いを楽しめれば、万々歳だという心積もりで彼らはやってくる。わが家は旅館と化す。私が常に体調不全に鞭打って生きていることを人の口から教えられても、それを気遣うことをつい忘れる。私が空元気を出しているからである。必然、徹夜や半徹夜が多くなる。
 あれもこれも身から出た錆ではあるが、その錆を落とさなければ私の晩年は、かなり険しいものとなる。残念なことに、今回は彼らに音楽も聴かせず、映画も観せずに帰した。彼らの関心事はそこにない(関心のある学生や友人には泣いてもらった。要するにそういう有為の人たちを哀しい気分にさせてしまった)。くどいようだが、きわめて不思議なことに、大概の学生は私の著書をまったく読んでいない(これは仕事仲間も同様である)。したがって長く対面していても、文学的、あるいは人間的話題は俎上にのぼらない。映画も音楽も、人生の伴侶としてまじめに捉えた過去を持たないことが窺われる。つまり対話が成立しないのである。休息のための予定日が、ひたすら彼らの機嫌を取りながら、心底を探りながら、自分の外縁にある彼らの興味に浸りながらの数日間になる。しかも私に無言は許されない。私が無言になれば、彼らも無言になり、精神的パニックに陥る。私に不機嫌という感情がないことを知らないからだ。私は物心ついてから不機嫌になったことがない。それを知っているのは、ごく親しい古くからの友人・学生・知己と、新参ながら直観の鋭い学生だけだ。そんなわけで元来寡黙な人間である私が、絶えず語りかけなければならない破目となる。まじめな私のそういう語りかけの中には、相手の思想に微調整を迫るものもあるし、さまざまな分野の精緻な勉学を強いるものもあるし、世上の慣行に対する疑問を提示するものもある。彼らは考えこんで回答を避けるか、思索の経験がないという安易な謝罪ですますので、対話がそれ以上進展することはない。そんなわけで疲労が極限に近づくのである。
 時期を分かたず、私との対話だけを目指して、ほぼ単身でやってくる学生もいる。彼は私の著書をほとんど読んでいる。そんな場合も、拙著を話題にすることは、百に一の機会もない。しかし読んでいることで、ちょっとした対話のきっかけが掴めるし、対話の背景に根拠が生まれる。すべからく、対話者の頭蓋の中身は知っておかなければならない。毎年一、二名いるそういう学生は、私という友ばかりでなく、同輩に永遠の友人を得るだろう。
 おさんどんにわざわざ駆けつけてくれる数少ない女性陣も、そろそろ人生の充実期に差しかかって自ら打ち込む仕事に忙しく、常に都合をつけられるという状況でなくなってきた。彼女たちに甘えてばかりもいられない。飯場の共同生活以来五十年、あわただしく過ごしてきた人生も、老齢の度を増せば少しは暇になるものと思っていたが、仕事柄なかなかままならない惨状を呈しつつある。この『仕事柄』というのが曲者で、他の先生がたの学生に対する受験期以降の面倒見の総決算を、出しゃばりな私が一人で請けて立っている格好である。私の勝手な思いこみで作り上げた『仕事柄』なので、説得力がない。
 いまや私は、諸先生がたの生活態度が正しいと知った。彼らはその出しゃばらない応対のゆえに尊敬さえされているというのは、決して異様なことではない。私が『少年』を脱しないかぎり、少年たちに揶揄されることこそあれ、敬愛されることはないだろう。いまこそ私は意義ある延命のために、真の老化をしなければならない。そうすれば少年たちも安堵して、老人の私の前で心を展げるだろう。そうすれば、「受かったら遊びにいっていいですか」という言葉を、すでに老人の頭蓋の中身を知った上で発する誠実さを持てるだろう。その頭蓋には、近ごろそろそろ絶望が忍びこみはじめている。四十年も書きつづけてきた文章生活を回顧して、もうこれ以上文章芸術家の道を進んでも無駄だという絶望感である。それは、これほど近い距離にいる人びとにも私の作品が魅力を与えないと感じる発達しすぎた美的感覚のせいかもしれないが、そう悲しく意識して生きているときに、さらに追い討ちをかけられるような出来事が続発するのは決して愉快なことではない。
 早くも来年の還暦の盛会を願って、訪問を確約する親切な方々もいる。しかし、やはりご遠慮願うべきだと思い直した。還暦の賀自体、私にとって意味がない。繊弱質の島田欣一恩師が人を避ける気持ちがようやくわかってきた。人は残余の人生が残り少ないとき、自らをライフワーク以外のもので鼓舞してはならないのである。
 十六歳のとき、私は詩人になることが自分の使命だと決意して、以来、芸術活動の高みからほかのいっさいの仕事を軽蔑的に眺めてきた。したがって、「命」を生きるために就いた仕事は一つもなかった。しかし、この教育という身に余る仕事に就いて、私は自分の魂を研ぎ澄ます穴倉のような場所を得た。その穴倉が初々しい魂の巣窟だったからだ。私は彼らを愛した。彼らの立ち居を観察し、意見を聴き、こちらの魂に関わる意見を開陳した。その彼らが、私を芸術家と見ていないどころか、何か胡散臭いオナニーにかまける人生の敗残者と見ていることが、からだに電流が走るように最近感知されるようになった。たしかに私は、いつまでも社会に引き立てられることのない無能な作家かもしれない。しかし、四十有余年前の過去のあるとき自分を芸術家と思い定めて、華々しい決意の一歩を踏み出した日を忘れることはできない。だからどれほど黙殺されようとも、心を強く保って進まなければならないのだ。その心を身近な人間によって挫かれるような日々をこれからは、一日でもしつらえてはならない。もし挫かれることが避けられないことだとするなら、いまの仕事を捨てて、芸術以外にあてのない流浪の旅に出る覚悟をしなければならない。

 私に切要なのは、神秘的な創造物である自然の中に(書割と知りながらも感動して)たたずむことや自分より先に生きて思索し感得した人びと(詩人)との魂の交流であり、人間社会の制度や他人との余儀ない交際や身過ぎの富ではない。私にとって必要であり大切なのは、自分の精神的自我を信じることであり、生命を維持するために他人の作り出した機構を信じることではない。
 自分自身を、自分自身の愛情を信じて生きていくことはあまりに辛い作業である。自分自身を信じて生きていくということは、常にあらゆる問題を、安易な歓びを追求する唯物的な自我のためにではなく、たいていの場合、かえってその反対の方向で解決しなければならないということだ。自分を信じていれば常に他人から批判を受けるが、他人の作り出した機構を信じていれば逆に周囲の人びとから賛同を得られる。愉しいことだ。賛同を得られない人生は苦しい。
 徒手空拳で富の仕組みや愛について考えこめば、人は彼を滑稽な見栄っ張りの哲学者と見なし、財力と素封家との交際をから生じる優越感をもとに贅沢な遊びをしたり装飾的な些事にふけったりすれば、人は彼のことをこなれた一人前の人間と誉めそやし、嘆くどころかむしろ祝福する。贅沢や装飾を得るための堕落をただす行為は人を恐怖に陥れ、非難と嘲笑の的になり、屈して堕落の人生にかしずけば、安堵され、仲間だと思われる。人は自分を信じて行動する人間にゾッとしないではいられないのである。
 自分の矜持のために闘うことは苦しい。自分を信じて善と考えることはすべて、周囲の人びとによって悪と見なされ、自分を信じて悪と考えることは、周囲の人びとによって善と見なされる。結局、兜を脱いで自分を信じることをやめ、他人のしきたりを信じるようになる。屈服の不快感はわずかのあいだで、まもなく悩みもなくなり、かえって大きな解放感を味わうという段取りである。これこそ内なる声の完全なる黙殺―いわゆる人間的完成と称されるものである。
 闘う人間は未完成の烙印を捺される。闘いが未完成の人間に特徴的なものならば、人は未完のままいるべきだろう。完成が人間を本質的に堕落させ、本質的な無為とエゴイズムの狂気に陥れるものならば、未完成のまま高貴な有為の知性に埋没するほうがいい。他人のしきたりという無制限の権力に隷従しないことからもたらされる高貴な苦悩は、魂の一瞬の覚醒にしか訪れず、そのわずかな覚醒は瞬く間にすぎる。暢々(のんのん)と解放感になど浸っておれないのである。


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1  笑い疲れているが、あしたも笑うであろうということ。
     ・・・・・・・・・・
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