世の中には貪欲に知識を求める人間がいる。動機は二つ考えられる。

―秧茲蔽亮碓Α
¬誼里兵分に向けられる世間の侮蔑からの保身。

 前者は聞かれるまでは知識を語ることを好まない。後者は率先して語るために知識を蓄える。
と、そんなふうに両極端にスッパリ截断されるわけもなく、隠遁者を別にすれば、たいていはその両者の混合物だろう。その混合物体のことを有知識人というが、彼らのたいていがするまちがいは、みんなに聞いてもらって、褒められたがるということだ。そのときせっかくの知識はイカモノになる。そして熱心な聴衆は、語って詮のないイカモノ食いだけになる。
 聴衆の中に一人のイカモノ食いもいないために、一般に語ることのできない知識と言うものがある。卓越した応用と神業的な創造の才を必要とする理科学的な専門知識である。それこそ、快楽主義的なエゴを満足させる、純然たる知識愛に基づいた、真の知識と呼べるものだろう。学問とはこの謂(いい)ではないだろうか。

 彼らは機械というものがどんな階級の意志にも区別なく従うように、彼らの意志にもおとなしく従う意志なき奴隷であることを知っている。スイッチやキィを押して奴隷を扱うのに特別な頭脳など必要でないことを知っている。意志を持たない勇猛な奴隷さえ手持ちの駒に抱えていれば、とりわけ現代のように非情な時代にあっては、自分たちだってかつての奴隷時代の政治家や資本家と変わりない恐るべき存在でありえるし、指一本さえあれば、まるで原子爆弾を投下するように、手駒を操って一つの都市を破壊しつくすことさえできるはずだと知っている。だから機械の操縦法に熟達しなければならない。
 新人類とか、PC族とか、ケイタイ猿などと言っても、結局それは、現代という非情のくせに優しい体制のもとに雌伏している独裁者の予備軍からよみがえった不死鳥にすぎない。おそらく彼らの態度の素になっているのは、一種の馴致された潜在意識、つまり――人間とはしょせん半人前でしかなく、だからこそ太古以来ひたすら、頭脳を必要としない定型操作が可能な奴隷を使って、欺瞞と残忍と暴力という有効な支配体制を確立してきたのだ――という意識をいわば本能的に持ち、それを原動力にして永劫復古する見果てぬ夢である。

 彼に才能があるのかどうか人は知らないし、そんなことは話題にもならない。彼の作品を読んだこともないし、読みたいとも思わないからだ。また彼自身にしても、自分の才能に対する理解は極小である。とど、書く精力がある以上そんなことはどうでもいいことだし、突き詰めた才能の定義すら彼は知らない。長年不可思議な精力のもとに彼が書いてきた小説のテーマは『愛と友情』のみであり、どう頑張ってもそれしかモチーフを抱けないようだ。これまた一般に感興が薄い。
 同じような作家連中はこれまで数かぎりなく存在してきたし、いまの世にも潜在的にいるはずなので、世に恵まれない不平を訴える動機がだれにも増して彼だけにあるとは思えない。たぶん捜せば、彼と似たような悲運を嘆いている芸術家は幾人かいるだろう。実際のところ、彼は悲運を嘆いた経験は数えるほどしかなく、ほとんどの時間、本能に強いられてひたすら作品を書いてきたにすぎない。しかし、その姿勢が真摯であればあるほど、あらゆる揶揄、あらゆる意地悪が彼をめがけて飛びかかってきたという事実は否定できない。それは彼が世に恵まれないということをだれよりも悩んでいると(それは大いなる誤解であるけれども)、彼の人物に触れる人びとが嗅ぎ取るからである。彼らの基本的な考えは、「人は名望を求めて真摯になる」というものだ。
 これはたしかに、むかしから典型とされてきた『埋もれた天才』の滑稽な映像にぴったりと嵌まる。それを本人までが思いこんでいるフシがある、と彼らは鼻を利かせる。とすれば、これ以上おいしい揶揄の種はない。見るかぎりでは、彼は孤独な机の暗闇から照明の中に歩み出る努力をしている気配はまったくなく、何かあきらめ意気消沈してさえいるようだ。つまり、彼が喜ばしい転機をつかむかもしれない希望は一切ないので、実に安心で、からかい甲斐があるというわけだ。
 彼は、自分がそんな滑稽な人間ではないということを、周囲の人間に説明しようと思うことはかつて何度もあったが、どういうわけか照明のない舞台での説得は『負け犬の遠吠え』と取る人間が多いと直観で知っていたので、あえてそれをしなかった。埋もれた天才か、勘違いの鈍才か知らないけれども、彼の欲望は自分の資質をただすことにではなく、唯一の関心事である人間的な小説を書くことにしか向けられることがなく、おまけに書く時間ももうわずかしか残されていないと焦っている。書きもしないで悪ふざけを仕掛ける人間にかまっている暇はないのである。
 ――こんな書き出しで、自分を材料にした一つの喜劇を書いてみようと思ったが、関心がつづきそうになかったので、止めた。私は、気取ったサタイア(諷刺詩)よりも、エレジー(哀歌)に関心がある。


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